朝見鶏商會私書箱

朝見鶏商會私書箱に届いた怪文書置き場です。

怪文書:松露の卵焼き

松露の卵焼きには思い出がある。

何かの節に東京駅の駅ナカを彷徨う羽目になった。ご存知の方はご存知かと思うがJR東京駅は魔境である。都内だと池袋や新宿が目立って口に上ることが少ないが東京駅は迷う。当時の私も迷宮から抜け出せない哀れな羊に成り下がっており、どうにか用事は済ませたものの歩き過ぎて疲労困憊、出口を求めて右往左往していた。その時目の前に現れたのが駅ナカ食品街だった。

もういろんな美味しそうな食べ物がキラキラと輝いており、やべえ世界だぜとはなっていたが、当時の自分はそこそこに金が無く1000円2000円の惣菜や弁当は怖くて手が出せなかった。そこに現れたのが卵焼き専門店「松露」。卵焼き専門店なんて初めて見た私はテンションがブチ上がり、なんとか手が届く値段だった事もあって衝動買いをする。

梅入り卵焼き「紀州」。それがここで運命の出会いをした卵焼きだ。皆さんは卵焼きの中に梅干しを入れるという発想があるだろうか。私にはなかった。そもそも私は甘い卵焼きが得意では無い(なんで買った?)(衝動なんだって)だが、この紀州は、私の卵焼きの固定観念を壊してくれた。しっかりとした食感、甘さの卵焼きに、添えられるように包まれた柔らかな梅干し。卵の甘さの後味をサッと雪いでくれるかのような酸っぱさ。こ、こんな、こんな組み合わせが……!衝撃だった。

その後、自分でも梅入りの卵焼きを作ろうとしても同じおいしさには決してならなかった。松露の紀州の味は松露の紀州だけ。

迷宮のような東京駅で卵焼き屋に出会ったら、それは幸いである。

あの卵焼き「紀州 」に出会えるかもしれないのだから……。